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たましいの場所

1日、洋書会。毛色の変わった出品があり、入札業者がざわついている。一人のコレクターから買い取られたと思われる現代美術を中心とした洋書のコレクション数口。そのうちの一点を買う。専門知識豊富な先輩方に紛れて買えたのは幸運だった。見たこともない本ばかりだが、一冊、邦訳本がことごとく高騰している美術作家の限定特装本が混ざっているのを見つけて入札した。先輩古本屋曰く「変態的」コレクターのコレクション。落札し、販売できる幸運に浴する機会はなかなかない。よく調べて勉強しながらじっくり売りたい。

映画の日。帰り、「メアリと魔女の花」を観る。シチュエーションや手法の類似が剽窃ではなくオマージュになるということは、ジブリはすでに古典なのだろうか、と以前別の監督のアニメ映画を見て考えたことを思い出す。

2日、資料会。夜、経営員と幹事の飲み会で焼き肉。コースの肉の量が止め処なくて驚く。豚トロとホルモンが最後に出てきて、食べたいのに食べられないのは切ない。酔っぱらいになって、飲まない人に不用意な発言をして悔やむ。酔っぱらいが忘れてもシラフの人は忘れまい。

先月サンカクヤマさんで買った早川義夫『たましいの場所』を読む。前野健太『百年後』に続いて音楽家の文章を読んだ。そうかなあ、と反駁を加えたくなる箇所も多いのに、グッとくるところではこれ以上ないくらいグッとくるのでまいった。本を読むということはそれを書いた他人と付き合うことだという、普段、冷淡な読者としての私があまり感じないことを感じながら読んだ。帯の惹句がとてもいい。『百年後』もそうだった。著者の人間関係があらわれるような帯を持ちしかもそれが良いことと、「本を読むということはそれを書いた他人と付き合うことだ」という感覚を得る読書経験になることとはたぶん密接な関連をもつ。


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