伊藤熊太郎
18日、「吉祥寺パルコの古本祭り」補充。つい三日前にも補充していてさすがに頻繁に過ぎるかとも思ったが、新しく商品化した紙モノなどを客数が劇的に伸びる週末に当てたく参上。土曜日の会場はたいへんな人出。木曜日が休館日だったので、前回の補充のあとは実質金曜と土曜午前のみの営業だったにもかかわらずよく売れていて、補充分はあっという間に棚に吸い込まれる。本が売れることを実感する。ここはこんこんと希望の湧く泉のようである。
19日、品川へ。東京海洋大学付属図書館で開催されている展示「幻の魚類博物画家 伊藤熊太郎」に行く。明治から昭和にかけて活躍しながら忘れ去られ、生没年含めてその全貌が謎に包まれている博物画家・伊藤熊太郎。一時アメリカの依頼によってフィリピン沖の魚類調査に同行し、膨大な数の魚類図を描いた。故あって調査自体がお蔵入りになり、発表されなかったこの時の魚類図がスミソニアン博物館に所蔵され、1970年代にはこれらを一挙に展示した展覧会が催された。こういった経緯などから英語版のウィキペディアには熊太郎の項目があるが、日本語版にはなく、日本においてはほとんど無名である。東京海洋大学の展示は同大学の書庫より伊藤熊太郎の写生帖、原画が多数発見されたことを受け、急遽開催されたもの。
今日はこの発見に関わった(というより、発見の当事者である)荒俣宏氏の講演会があった。伊藤熊太郎のことを一切知らずに参加。楽しかった。荒俣さんの話のうまさ、好奇心のかたまりのようなお人柄に惹きつけられ、博物画の魅力をあらためて知り、なによりも伊藤熊太郎という人物と作品に興味をひかれた。これまで商品として扱ってきた博物画はヨーロッパのものばかりだったけれど日本の博物画という新しい扉を与えられたよう。近年加熱一方の若冲人気や、2・30年前には外国人に喜ばれながら日本国内では一般人気が低かった吉田遠志らのある種リアルな動物画の国内人気の上昇、などのお話も興味深かった。
荒俣さんもおっしゃっていたが、時代や洋の東西を問わず博物画は執念のようなものをまとっていて、画家たちの、とにかく現物に似せてやろう、もっとよく観察してやろうというしつこさはほとんど狂っていると思わされる。けれど作品(作品と呼んでいいのだろうか?)にけして「自分」を差しはさまないその潔癖さは清々しく、それが博物画に緻密なのに透き通っている印象を与える。学究と芸術の合いの子。しつこくしつこく突き詰めながら、ただし自我や精神の内に向かうのではなく外に向かって開いている。それが僕にはたまらなくちょうどいい。宮崎駿や五十嵐大介に感じる魅力にも近いものがあると思う。博物画がハイカルチャーなものでなく、ごく身近なものとして捉えられたら、きっとこれからもその魅力に取りつかれる人は増えていくのではないだろうか。