かんじんなこと
上井草へ。井草ワニ園古本棚とSLOPEさかみち書店の補充。
さかみち書店に補充した『星の王子さま』は裏見返しに書込みあり。昨日の準備作業中、最初の状態チェックでは気付かず、何の気なしに値札を貼ろうとするとどうも違和感があってななめからの光にかざして発見した。夜空を表現した黒に近い濃紺の下地に黒いマジックペンで書いてあり、一見するとそこに書込みがあるとは思えない。なんという陰湿な古本屋いじめだろう。泣く泣く格安値札に貼り替え、どうしてこんな秘密めいた書き方をしたのか、きっと恥ずかしいことでも書いてあるにちがいない、せめてもの腹いせにその秘匿せんとするものを暴いてやろうと書込みを読んでみる。するとこの本を3人の子供(三兄弟?)に送った人物が子供たちに宛てたメッセージのようである。意に反してたいへんに心のこもった愛のある、そして(その手のものが往々にしてそうであるように)平凡なメッセージであり、読み進めるうち半額になった売値の恨みがつのる。文章の右手には星の王子さまの姿が描かれ、それがわりあいにこなれていて上手なのもかえって憎たらしいこと。坊主憎けりゃ袈裟までなんとか。などとどす黒い気持ちを育てていたら最後に大どんでん返しが待っていた。王子さまの絵のさらに右手に「かんじんなことは めにみえないんだよ」なるオチが書き添えられていたのである! 言わずと知れた『星の王子さま』ハイライトの名ゼリフ。ああ、なんていう気の利いた演出だろう。僕はすっかりほだされた。半額になった売値の恨みなどすっかり忘れてもいいと思った。だがそう思うのとほとんど同時に、あるかんじんなことに気付いてしまった。僕が市場で入手したこの本がその前にどこかの古本屋に売られたという事実である。人はこのように独特で素敵なメッセージの込められた贈り物の本をやすやすと古本屋に売ったりするものだろうか。ひょっとして「めにみえない」ことを狙った演出が抜群の効果を発揮してついにメッセージは子供たちにみつからず、結果この本はただの絵本としてかの家庭での役割を終えてしまったのではないか。げにかんじんなことはめにみえないものであるなあ、などと考えるとこの話は一層深みを増し、ある種の教訓となる気配がある。想像力の豊かな皆さんはこの出来事からひとつまみの真理を導き出すなどを勝手にしてもらいたい。僕は付き合いきれない。ともあれ、この話はすくなくともひとつ、かんじんなことを含んでいる(だからこそこうしてつらつらとブログの話題に取り上げたのだ)。おわかりだろうか。それは売値が半額になったことである。